2000年の一時解除
1999年末には、日本にも急速な景況改善が見えてきました。
翌春にはITバブルは崩壊したが、小康状態が続いたことなどから、2000年8月11日の金融政策決定会合で解除が決定されました。
その後世界的な同時不況が訪れ、2000年末に景気後退が始まりました。
このため、翌2001年2月末には無担保コールレートは引き下げられ、3月には無担保コールレートは実質的にゼロ金利政策が始まりました。
その後の評価として、2000年8月における金融引き締めは拙速であったとされます。
金融緩和の中で低下を続け、2003年には0.43%にまで落ち込みました。
2006年の解除
米国経済がITバブル崩壊から立ち直ると回復に向かい、2002年初めからの長期にわたる景気回復局面を迎えました。
下落は緩やかとなり、2006年に入ると前年比で上昇するようになりました。その後も景気回復が圧力も低下したことから、政策委員会・金融政策決定会合で解除が全会一致で決定され、短期金利が実質的にゼロという状況は5年4ヶ月ぶりに解除されました。
CPI基準改定により2005年を基準年とすると2006年1月・4月がマイナスだったことが金利引き上げが時期尚早だったという批判もでました。